売店のお母さん

〜「みんな集まる場所」を作った田中麗子さんの人柄〜

「もう一度会いたい」

卒業から20年以上経ってもそう言われる存在は、強烈な個性を放っていた同級生でもなく、人生の道標をくれた恩師でもない。
1993年の開校から売店で働いていた田中麗子さんだ。
麗子さんのいた売店はいつも学生が集まる不思議な空間となり、世間話から相談事まで何でも話していた。在籍していた8年間で麗子さんにお世話になった学生は多いのではないだろうか。2022年、久しぶりの再会を果たした1期生の萩原智子さん富永雅世さんとの3人の集まりにちょっとお邪魔した。

田中麗子さん

ホームカミングデーがきっかけで

雅世さん
2021年に同窓会のホームカミングデーに参加してから、この1年間でいろんな人とつながったんですよ。オンライン開催だったのでアメリカにいる一宮志帆ちゃん(1期生)とつながることができたんですけど、そのときに志帆ちゃんが「麗子さんに会いたい」って言って、連絡先をもらったんです。私が電話しても怪しいがられるかもなって思いながら電話したんですよ。「覚えてないと思いますけど、私1期生の小田(旧姓)といいます」って。
麗子さん
懐かしかったね。突然の電話だったけど、怪しいとか怖いという思いはなくて。私にとって公立大での仕事というのは、みんなとの交流がすごく楽しかった。今でも公立大の前を通るから、当時の学生さんから連絡があるのは懐かしさしかなかったね。

左から、萩原智子さん、富永雅世さん、田中麗子さん

雅世さん
よかったぁ。そのホームカミングデーがきっかけで智子さんと志保ちゃんが再びつながることができたんだよね。

智子さん
そうそう。志帆ちゃんがアメリカに行ったタイミングで連絡が取れなくなってたんだけど、20年ぶりにつながったんですよね。

麗子さん
志帆ちゃんも元気で昔のまんまって感じ。

レジも操作したことなかったのに

開校初期の福利厚生棟内。奥に見えるの扉が売店の入り口。

雅世さん
麗子さんも変わらないですよ。いつもにこにこしてて元気っていうイメージから変わってない。

麗子さん
私は仕事がしたいタイプだからね。学生との会話もだけど、仕事も楽しかった。当時は家事もあったけど、仕事がしたかったからハローワークに通ってたんだよね。そのときに紹介されたのが公立大での売店の仕事だった。面接に行ったら、その場で即決してくれたから公立大に来ることができたの。仕事してたら自然と学生さんが話しかけてくれるようになって。レジも触ったこともなかったけど、それも学生さんが教えてくれたんだよね。

智子さん
それはやっぱり、麗子さんの人柄じゃないですか。人柄にみんな吸い寄せられていったんだと思うし、居心地も良かった。売店ってものを買うところだけど、それだけじゃなくて、麗子さんが一言かけてくれるんですよ。「最近どう?」って。

麗子さん
学生さんが来てくれるんだから、聞く側に回ろうかなって思ってたね。実家を離れてくる学生も多いからいろいろ聞こうって。特に1期生のときは他に頼れる人がいないじゃない。先生にしても学生にしても私にしてもみんな1年生で一緒だから、それが一番楽しかったよね。

雅世さん
そうそう。いつも入れ替わり立ち替わり、麗子さんのところに誰かがいる感じ。私は売店で何かを買った記憶がないもん。

麗子さん
途中からはCDプレイヤーも持ち込んだんだよ。BGMがあったほうがいいかなって。そしたら、玉木徹志先生が「これも聞いたら」ってCDを持ってきてくれたんですよ。別にお願いしていたわけでもなかったんですけど。でも、それがきっかけで仲良くなって、玉木先生のお部屋にも遊びに行ったこともあったね。

智子さん
みんなの居場所ってことだったんですね。

笑顔の裏側に

雅世さん
麗子さんは公立大に来る前は何してたんですか?

麗子さん
もともとは、短大を卒業して、宮崎交通に入ったの。宮崎交通での仕事は充実してて楽しかったから結婚する気はなかったんだけど、お見合いの話が出てきちゃって。安請け合いしちゃったのよ(笑)。それからは主人の転勤で県内をあちこちしてたの。公立大に入ったのは、その転勤も落ち着いたタイミングだったから8年間も働くことができたのだけど、その期間は家庭も大変でね。

雅世さん
えっ!麗子さんはいつもニコニコしてたから、家庭のことで大変だったというのは想像もできなかった。それってストレスがすごいじゃないですか。そのストレスはどうしてたんですか。

麗子さん
旅行が好きなんですよ。兵庫県に小学校時代からの親友が住んでいて、そういう大変なときは彼女のところに行って憂さ晴らしするの。土曜の朝の一便と日曜日の遅い便を手配して、週末を目一杯使う。それがきっかけで京都が大好きになって、もう8年くらい京都を一人旅してる。そのときは家庭のお金は手を付けずに行くから、自分のお金で行くっていうのにすごく満足感があるわけ。

智子さん
すごい生き生きしてる!

雅世さん
うんうん。うちの母が元気!っていうタイプじゃなかったから、同じ女の人でもこんなに違うんだって驚き。

麗子さん
これまで寝込んだことがないのよね。風邪もそんなにひかないし。今は週4回スポーツジムに行ってるんです。昔は家の近くにあったけど、移転して遠くなったから片道20分ぐらい自転車に乗って。スポーツジムはもう10年ぐらいになるかな。他には大正琴も習ってるわ。

2023年のホームカミングデーには

智子さん
今思うと、大学の4年間は驚くほどあっという間でした。短かった。

麗子さん
短いというのは楽しかったっていうことだよね。みんな1年生だから、また楽しかったのかもね。私自身も楽しかった。今日みたいにまた会えるし。

雅世さん
2022年のホームカミングデーのときには、フランスにいる中原愛里ちゃん(1期生)から「麗子さんに熱い思いを伝えて」ってメッセージを預かったんですよ。ほかの人からも預かっているんです。これもホームカミングデーがオンラインになったことで、場所に関係なく繋がれるようになったことが大きいと思う。画面上で顔がちょこっと見えるだけだけど、なんとも言えない懐かしい気持ちがこみ上げてくる。これは、コロナで良かったことでもあるのかな。

麗子さん
それを体験・経験できるっていうのはすごくいいことよね。だから大学の4年間というのはとても大事。人生を長く生きる上でね。

雅世さん
友達に「麗子さんに会ったよ」っていうと、「私もめっちゃ会いたい」っていうんですよ。みんなそれぞれに思い出があるみたい。そうだ!次のホームカミングデーには麗子さんも招待しようかな。フランスやアメリカともオンラインでつながれますよ。

麗子さん
参加させてください!30年も経ってそうやってみんなが覚えてくれていることがすごくありがたい。売店にいただけなんだけど、私も楽しい8年間を過ごせた。よかったらまた連れ回してください。

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