<なな会だより>近況報告リレー “土井美樹さん”【後編】

「ちょうどいい」を探してートップクラスのリゾート運営会社を辞めて開いた朝食専門店ー

広島県尾道市で朝食専門のお店「きっちゃ初(うい)」を開くのは、2013年卒の土井美樹さん。

卒業後は高級旅館やゲストハウスで宿泊業を経験した土井さんの夢は「いつか民宿を開く」こと。この民宿で出す料理をイメージした朝食専門店が土井さんの現在地だ。

「急激に発展しようという気持ちはない。ちょっとずつ、ちょっとずつ進んでいる今の状況が自分にはちょうどいい」

と話します。

なな会だよりは、そんな夢に向かって一歩ずつ進む土井さんのこれまでとこれからを計3回に分けて紹介していきます。

今回は最終回の【後編】です。

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<なな会だより>近況報告リレー “土井美樹さん”【前編】

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<なな会だより>近況報告リレー “土井美樹さん”【中編】

仕事中にハンモックで寝ているとー

高級旅館での勤務から一転、ゲストハウスでの仕事は、ある意味時間との戦いだった。勤務中は動き続けることが染み付いていた土井さんにとって、何もせずにゆっくりするだけの行為が苦労だったという。

都会とは時間の流れが違うように感じる尾道

「ある日、他のスタッフがゲストハウス内のハンモックで仕事中に寝ている時があったんです。そしたらオーナーが

『都会から来た人は、こんなにゆっくり仕事できていることにびっくりするんだよ。そのびっくりさせることも仕事だよ』

って言うんです。スキマ時間を埋めることに囚われていた私にとっては、『どういうこと?わからなすぎる』って戸惑いと驚きでした」

そういった戸惑いや驚きの連続は、困惑ではなく喜びだった。

「一生は続けられない」と考えいていた会社員を辞め、手に入れたゲストハウス勤務。慣れてくると平日は1人でゲストハウスを切り盛りするようになる。午前9時ごろに出勤してからは自分のペースで清掃を終え、昼過ぎからチェックインの対応をして、夕方になったらゲストと一緒に食事をする。この夜の食事会がゲストハウスの特色の一つだった。調理するのはスタッフ自身。値段は決まっておらず、お客が思い思いの金額を入れていった。500円のときもあれば、1000円のときもある。

観光地としても有名な尾道には日本人だけでなく外国人も

「金額が決まっていると、それに見合ったものを出さなきゃって思っちゃうんですけど、それがなかったので気が楽でした。尾道に来るまでは毎食コンビニみたいな生活だったので料理をまともにしたことがなかったんです。ゲストハウスで料理を作るようになって『意外と料理好きかも』って気づけたんです。時間もいっぱいあったので、ご飯だけじゃく、お菓子を作ったりもしましたね」

食事会での気付きは料理のほかにも、客層と接客のスタイルがあった。高級旅館のは収入が一定程度ある層の家族がメインだったが、ゲストハウスは真逆。一人旅の大学生やバックパッキング中の外国人、子育てを離れて一息つきに来た母親などさまざまだった。

そんなメンバーが集まる食事会の話題も多様だ。映画や海外旅行などそれぞれの趣味の話を自由に展開するときもあれば、真剣に政治の話をするときもある。初対面同士の客の間を取り持つ土井さんにとっては知らない話題ばっかりだが、なんとなく話を合わせる毎日だった。

「旅館だと接客にも多少のマニュアルはあって、自分を隠して当たり障りない観光トークをする感じだったのに、ゲストハウスは全く逆。自分自身をすごく見られている気がして、そう感じると自分に全然自信がない。ゲストハウスに来て、自然体で話せるようになったのは嬉しかったんだけど、私から提供できる話はなんにもない。まっさらな自分になったときに自分に自信のあるところがないとすごく思っていた

だからといって、他のスタッフが土井さんにアドバイスしてくれるわけではない。自分で学んで自分のスタイルを作り上げていくのがゲストハウス流。土井さんは休みの日にもゲストハウスに遊びに行き、他のスタッフがどんな接客をしているのかを見て学んだ。すると次第に自分の立ち位置も見えてきたという。

多彩なキャラクターが集まるのもゲストハウスの魅力

「私が話すのも大事だけど、ゲストが気持ちよく話せるように聞くっていうのも大事なんだと学びましたね。それからはどんな人が来ても大丈夫。しっとりしたご夫婦が来たときは高級旅館のことを思い出して対応できるし、癖が強そうな人が来たときはどこを突けばおもしろ話が出てくるのかわかるようになってきたし、話しかけないでほしそうな雰囲気のときは適度な距離を保っている。アンテナを広げられるようになってきましたね」

好きだったはずなのに

ゲストハウスでの仕事に入るたびに初対面の人と会い、自分の知らない話に触れる。ゲストハウスの醍醐味のような日々の中で自分自身の変化や成長も感じられた。プライベートも充実し、尾道での交友関係も広がっていった。

気がつけば尾道に来て2年が過ぎていた。

「2年ぐらい続けていると、自分の中でパターン化してしまうんです。毎回自己紹介から始めなきゃいけなくて『なんで尾道に来たんですか?』『出身はどこですか?』って定型文みたいになる。こういう人はこういうタイプなんだって勝手に思うようになる。最初の頃のようなリアクションができなくなってしまっていることに気づいたんです。全員に対して全力が出せなくなっている自分は、失礼な行為をしているじゃないかと思っていたんです」

充実した日々の反面、少しもやもやを抱えながら過ごしていたところ、2019年1月に体調を崩して入院した。お酒が苦手でタバコも吸わない土井さんにとっては原因に心当たりがない。医師からいろいろと話すうちに、体調不良にはストレスの影響が大きいと聞かされた。

「私自身びっくりしたんです。自分で選んで、自分が好きな街に来て、自分が好きな生活をしているつもりなのに、気づかないうちに疲れていたんだなって。そう考えると、やっぱりコミュニケーションを取りすぎた、人に会いすぎていたんだと思います」

ゲストハウスは満室となるとゲストは20人近くになり、平日でも5〜10人が泊まる。ゲストからすれば旅先の開放感もあって普段は話せないような深い話になることも少なくなかったという。

夜の商店街は観光客で賑わう昼とは別の雰囲気

「たくさんの人が集まるとやっぱり気を使うんですよ。お客さん同士で喧嘩になりそうになることもありますし、イタリア人もフランス人も日本人もいる空間で、いかにみんなが楽しく過ごせるかに気を配っていたんですよね」

病室のベッドでこれからのことを考えていた。

選択肢は2つ。

このままゲストハウスで働いて将来的に自分のゲストハウスを立ち上げる夢を追うのか、転職活動をしてもう一度会社員に戻るのか。今の自分がゲストハウスを続けられるのか心配もあるし、いまさら会社員ができる自信もない。

第3の選択肢が出てきたのは、結論の出ない悩みを続けている最中だった。

「三軒屋アパートメントでお店やってみない?」

当時、三軒屋アパートメント東102号室で「56カフェ」を開いていた女性からの誘いだった。56カフェは同じ店名で7人のオーナーが続けてきたがお店が閉めることになり、引き継ぎ先を探しているという。しかも、店名は引き継がなくてよく、土井さんの思うがままに作り直していいということだった。

現在の三軒屋アパートメントに入るお店たち

「尾道のことはどんどん好きになってきていたし、ゲストハウスでお客さんを見送るときは『わたしはいつでも尾道で待っているよ』って気持ちだった。そういう人たちが戻ってきたときに私がいないのは失礼だなって思ったんです。このお店なら居抜き同然だったのですぐに始められるし、家賃も安くて負担も少ない。これだったら自分も挑戦できるかもしれないなって。自分の無理がどこにあるかをやってみて、調整しながら探っていこうって決めました」

将来の夢がゲストハウスから民宿に変わったのもこのタイミングだった。体調を崩したとしても人とのコミュニケーションは好きだし、人まったく関わらない仕事も考えられない。人への関心が薄れないちょうど良さを考えると、アットホームな雰囲気が特徴の民宿がちょうど良さそうだと感じた。

「じゃ、その民宿で出すような朝食のお店にしようってなったんですよね。体調崩したのもあって、朝食のお店にすれば自分自身も規則正しい生活ができるっていうのも理由の一つだったりするんです」

病気入院してから約半年、2019年8月8日に「きっちゃ初」が誕生した。

ようやく出来上がった「ちょうどいい」

朝のやわらかな日差しが差し込む窓際のテーブルに運ばれてくる、ツヤツヤの白ごはんと揚げたてのがんも、そして温かいみそ汁。ここに普段の朝のような慌ただしさはなく、一口一口をゆったりと味わえる。食後に出てくるお茶は静岡時代に出会ったお茶屋さんから仕入れたものだ。この空間には、これまでの土井さんの経験がギュッと詰まっている。

土井さんの思いがつまった揚がんも定食

「ゲストハウスでの経験もあって、このお店ではコミュニケーションを強制するような感じにはしたくないんです。その人が過ごしたいようにしてもらいたい。だからカウンターがあると、ちゃんとボーダーができて、適度に距離も出る。このカウンターがひとつあるだけで全然違うんです」

カウンターの中からそう話しかけてくる土井さんの表情に、以前のような疲れは感じない。毎週木曜〜月曜の5日間お店を開いた後、定休日は「何もしない」という。

「定休日はずっと家で漫画読んでいるんです。家以外では海を見に行ってダラダラしてる。もう人と会わなくていいやーってなってます。そうしないと人を元気にできないと思うんです。人を元気にするためには、まず私自身が元気でいないといけない。今はちょうどいいバランスが出来上がっていると思います」

JR尾道駅のすぐ目の前は尾道水道。観光客も地元の人も落ち着けるスポットだ

お店を急激に発展させようという気がなかったという土井さんは、オープン当時すら積極的に告知することはなく、今でもInstagramで定期的に発信するぐらい。開店からまもなく3年となる中で、常連客もちょっとずつ増え、売上もちょっとずつ伸びていっているという。きっちゃ初と土井さんが尾道に愛されてきた証拠ではないだろうか。

「尾道のことは大好きだし、これからも居たいとは思っている。けど、尾道に頼りすぎて、他の場所に行ったときに何もできないっていうのは良くないなって気持ちもあるんです。どこに行ってもできるような気持ちとスキルで生きていこうとは思っている」

次を見据え始めた土井さんが目指すのは「民宿」だ。

「最近、ちょっとずつ民宿ができるような物件を探し始めているんですが、なかなかいい物件がないですね。例えば九州に超絶ラブな物件が見つかれば尾道以外も考えるかもしれないけど、現実的には尾道かな。やっぱり尾道が好きだから。それが見つかれば、もう行こうかなっていう気持ちにはなっているんですけど、まだまだ先になりそうな感じがしますね」

高級旅館とゲストハウスで多くの経験をし、きっちゃ初で居心地のいい空間をつくってきた土井さん。

これから土井さんがつくっていく民宿は、土井さんにとってもゲストにとっても

「ちょうどいい」が見つかるものになりそうだ。

大好きなモノと大好きなヒトに囲まれる「きっちゃ初」はお気に入りの場所

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