「ちょうどいい」を探してートップクラスのリゾート運営会社を辞めて開いた朝食専門店ー
広島県尾道市で朝食専門のお店「きっちゃ初(うい)」を開くのは、2013年卒の土井美樹さん。
卒業後は高級旅館やゲストハウスで宿泊業を経験した土井さんの夢は「いつか民宿を開く」こと。この民宿で出す料理をイメージした朝食専門店が土井さんの現在地だ。
「急激に発展しようという気持ちはない。ちょっとずつ、ちょっとずつ進んでいる今の状況が自分にはちょうどいい」
と話します。
なな会だよりは、そんな夢に向かって一歩ずつ進む土井さんのこれまでとこれからを計3回に分けて紹介していきます。
今回は2回目【中編】です。
↓↓↓前編記事はこちら!↓↓↓
佐賀に持ち帰るつもりだったのに
佐賀県の高校から宮崎公立大学に進学した土井さん。当時は夢や目標はなく、漠然と卒業したら佐賀県に戻るんだろうと思っていたという。その気持ちに変化を起こしたのが、3年のときのグループワークだった。
地域活性化をテーマにしたグループワークでは、山形県最上町で音楽フェスを開催している人たちにインタビューした。最上町は人口1万人程度で決して都会とは言えない場所。
そんな場所で音楽フェスを開く人たちが
「つまらない田舎だから東京に行こうってなるんじゃなくて、つまらない田舎を面白くしたいんだ」
と語る思いに衝撃を受けた。
「私の地元も田舎で何もないと思っていたけど、私自身にはそんな考え方はなかった。その瞬間に、地域活性化に興味を持つようになったんです。そのときにゲストハウスにも泊まっていたから、これは手段として何か使えるぞってなりました」
宮崎でも商店街のイベントにボランティアとして関わるなど、地域コミュニティへの関心も高まっていた。しかし、このときはまだ佐賀に帰るつもりだった。
「何か佐賀に持ち帰れるものがあれば、そのときの私に役立ちそうと思っていたんです。地域活性化もなんか持ち帰れそうな気がしていたんですよね」
さらに気持ちに変化があったのが、4年の卒業論文だった。起業や音楽など特定のテーマに絞ったコンセプト型シェアハウスを調査。運営者や住人にインタビューを重ねていくうちに、憧れも大きくなってきた。
「その時は憧れっていうか、すごいなっていう思いが大きかったですね。いつかこういう世界を作ってみたい、ゲストハウスやりたいなっていう思いにつながっていきました」
佐賀に帰ることを辞め、将来ゲストハウスを開くための勉強として就活は宿泊業界に絞った。すると、日本各地で旅館・ホテルを運営する会社への就職が決まった。
お茶との出会い
初任地は静岡県の旅館。お茶の一大生産地ということもあり、施設でもお茶は欠かせない。自らお茶を学ぶために現場へと足を運び、生産者から直接話を聞いていくうちに、お茶に対するイメージが広がっていった。
「宿泊施設は日常から離れて『ゆっくり』するために来る場所。人にゆっくりしてもらいたいなあっていう気持ちはずっとあったんですけど、そのゆっくりしてもらう方法みたいなのを私は持ってなかったんです。お茶はみんな普段は意識して飲んでないけど、改めて人に丁寧に入れてもらえると嬉しいって思うんですよね。そういうのも含めて、『ゆっくりしていってね』っていう気持ちが伝えられるツールになるっていう点で、すごい好きになっていったんだと思います。私はそれまで何かを長く好きになることってあんまりなかったんですけど、お茶はなんかずっと好きでいられるなって感じたんです」
休日にも各地のお茶屋さんを巡るほど魅せられていった土井さん。興味と知識は次第に深まっていったが、気が付けば入社から3年が過ぎていた。
リラックス法はゲストハウス
お茶の勉強に励む一方で、まとまった休みが取れた時は各地のゲストハウスを巡った。静岡から近い京都や鎌倉などのゲストハウスに泊り、オーナーやスタッフと交流。そこではにぎやかな会話が繰り広げられるのではなく、経営面のリアルなものだった。
「収入ってどのくらいなの?」
などストレートな質問にも隠さず答えてくれるが、返ってくる内容は決して華やかではなかった。ゲストハウスの運営は、住み込みで働く人と休日などを手伝ってくれるヘルパーで成り立つ。住み込みで働けば衣食住には困らないが、給料がもらえないという状態ばかりだったという。夢に抱いた世界と現実の差。土井さんの気持ちはどうだったのか。
「そんな話を聞いても大変とは思えなくて、夢を諦める気持ちはまったくなかったですね。経営は厳しいって話は聞きつつも、宿をやりたいって気持ちはまったく変わらない。とりあえずやってみないとわからないっていう気持ちもあったんです。まあ、自分の性格的にも大変だったなって思わないと諦めもつかないだろうってわかっていたんですけどね」
当時の土井さんは盆も正月もなく働き、休日にはお茶の勉強をする日々。オンもオフもスケジュールがぎっちり詰まるような生活を送る土井さんから見ると、ゲストハウスの人たちはゆっくりとした生活を過ごし、余裕があるように見えていた。強まっていく憧れの前に、現実の厳しさは些細な問題だった。
そんな中で訪れたのが、広島県の尾道だった。JR尾道駅の北側の住宅街の中にあったゲストハウスに宿泊。一泊するだけで他に移動するつもりだったが、気がついたら3泊していた。
「初日から『ご飯会するからおいでよ』って全然知らない私のことを誘ってくれるんです。街全体にウェルカム感があって、それですごい友達が増えたんですよ。すごく居心地が良かった」
尾道を気に入った土井さんは、2回目、3回目と休みのたびに訪れた。回を重ねるごとに交流の範囲はゲストハウスから外に広がっていき、街の中に友人も増えていった。
「それは本当に尾道のすごいところな気がしますね。社会人になったら友達ってできないでしょ?会社の人はやっぱり会社の人だし。自分自身がコミュニケーションを求めていたっていうのもあるけど、大人になっても友達って増えるのがすごく新鮮だった」
すると、ゲストハウスのオーナーから
「スタッフとして働かないか?」
とのオファーが。
ちょうどこのとき、仕事にも達成感を感じていたタイミングだった。
「会社員はもうやり切った」
2016年9月、車一台に積めるだけの荷物とともに尾道に引っ越した。